前回の記事で「愛ある放置」について説明しました。
不登校になったからといって特別なことをしなくていい
特別視しないことが今のあなたでも大丈夫ということを示すことにつながる
自分は大丈夫だと認められると本人も事態を深刻化しなくなる
深刻化しないので本人も悩むことや自己否定することが減る
それが不登校の子が元気を取り戻していく流れだと説明しました。
では、親が子供にいろいろしてしまうのはなぜでしょうか?
それを知ることで「愛ある放置」を深く理解できるようになります。
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今日の新聞から見る不登校児に対する親の行動
前回の記事と合わせて読むことで理解しやすいと思います。
今日こんな新聞を見ました。
この新聞の三段目の初めにこう書いてあります。
「結局ね、子どものためといいながら自分の意見を押し付けていたことに気づいたんですよ。」
この言葉はかなり深い内容だと思います。
この言葉の意味がわかれば、問題は解決するでしょう。
親としては心配から、不登校の子どもに対して何かしなければいけないと思うでしょう。
少しでも学校に行きやすいように車で送って行く
朝起きれるように早く寝かせる
学校の授業に追いけるように勉強させる
一人でも勉強をできるように家庭教師をつけてあげる
このように、どうにかして学校に行って欲しいという思いからの行動が多いでしょう。
それはもちろん子どものためを思った行動でしょう。
子どもの将来を思って厳しくしたり、サポートしたりするのだと思います。
しかし、新聞にも書いてあるようにそれは「親の意見の押しつけ」です。
もちろん子どものためと思ってやっているのはわかります。
しかし、そこには子どもの視点がありません。
子どもが何をしたいのか、何を欲しているのか
何をしたくないのか、何がいらないのか
そういった視点がありません。
ただ、子どもに対してこうなって欲しいという思いしかないのです。
自分の意見のみで、子どもの考えは少しも取り入れていません。
本当に子どものためを思っているのなら、その子が何を思っているかを考えるべきです。
お腹がすいたという子どもに石を与える親はいるでしょうか?
普通の親はそんなことはしないでしょう。子どもがお腹をすいたと言ったら、食べ物を欲しているとわかっているからです。
しかし、残念ながら子どものためを思って行動する親のほとんどが、お腹をすいた子どもに石を与えるようなことをしています。
子どもにとって苦痛になるものを与えてしまっているのです。
重要なのは、子どもが何を考え、何を欲していて、どうしたいと思っているのかを考えてあげることです。
子どものことを思うというのは、石という「自分の考え」を与えることではありません。
何かをしてあげるとき、それが本当にその子のためになるのか考えて下さい。
人にはもともと自分で苦しみを乗り切る力があります。
不登校の子も今の状況を自分で乗り切ることができるのです。
だから、親は自分の子どもの力を信じてあげて下さい。
自分の子の力を信じたとき、自分は何をしたらいいのか考えて下さい。
自分の考えを押し付けるのか?
子どものことを信じて「愛ある放置」をするのか?
子どものことを信じることができるなら、不登校という状況を悪いと考えることはなくなるでしょう。
不登校でもいいんだよ。そうやって普通に接してあげることが「愛ある放置」です。
今の状況を深刻化せず、子どもを存在レベルで認めることができたとき、子どもは石ではない、本当に欲しているものを得られるでしょう。
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